APRIL 8のDIARY 『クローン人間』

 
 イタリアの医師が、世界初のクローン人間を作ろうとしているというニュースが話題になっている。クロ−ン羊のドリーが生まれてから5年たち、もうそろそろ人間でもこんな話しが出てくるのではと思っていたら案の定、人間のクローン話しが出てきた。原理的にはとっくに可能になっているのだから、人間に応用しようという輩がいても何の不思議はない。何せ、このクローン技術の行き着く先は、人類の永遠の夢、「不老不死」なのだから。
 表向きは、不妊治療ということになっているが、この原理を応用すれば、人間が年をとっていくということを阻止しようというところまで行ってしまう。クローン人間を作ろうとしているこのイタリア人の医師、世界中からマッド・サイエンティストと言われているが、本人はきっと真剣なのだろう。私は、この医師だけを責める気にはなれない。なぜなら、そもそも不妊治療自体が正しいことなのかどうか疑問だからだ。すべてが神の意志のもとに、自然のままにと言うのなら、不妊治療だって神の意志に反してはいないだろうか?自然に逆らっていることにならないだろうか?
 人間の女性の身体は、自然にまかせていれば、十数人の出産が可能だと言われている。確かに、昔は、そのぐらい平気で出産していた人も稀ではなかった。もちろん、それは、すべての子供が生き残るとは限らないという前提条件での出産だったからだろう。十人産んで、5、6人立派に成人してくれればいいぐらいの計算上での出産だったのかもしれない。しかし、現在そんな考えで子供を出産する人は稀だ。先進国では、出産した子供はほとんどすべて立派に育つということが前提での出産している(はずだ)。飢餓のある国では、生き残る確率が減るためにより多く出産しようという自然の本能が働く。だから、貧乏人の子だくさんのような図式で人口が増えていく(中国の一人しか産めないという政策は、その極端な反動だろうが)。
 クローン技術を応用すれば、確かに不妊には役立つ。極端な話し、卵子から核を取除いて、体細胞と結合させるというやり方は、もうすでに月経の終わった女性にも応用できる。だから、これから先、女性が70才だろうが80才だろうが、借り腹を使えば、いくらでも本当の夫婦の子供は産むことができるようになる。しかし、これが果たして本当に人間にとって望ましいことなのだろうか?この考えをもっと先に進めれば、さっきの「不老不死」にまで辿り着く。老いを促進させるたんぱく質や化学物質、ホルモンの情報まで手に入っている現在の科学では、老いをストップさせることができるのも目の前なのだ。
 私は、以前あるクスリで「永遠」という感覚を味わったことがある。「自分は永遠に死なない」。いや、「死ぬことができない」。そういった感覚だった。それを味わった瞬間、言い様のない恐怖に襲われた。人間は死ぬことを最も恐れる。しかし、本当に恐ろしいのは、逆に、死ねないことなのではないだろうか。自分がもし、絶対に死ねないと仮定したら、これほど恐ろしいことはない。どんなに生きることに疲れても死ぬことができないのだ。おそらく、そんな時人間は、「どうでもいいから、自分を殺してくれ!」と叫ぶに違いない。人間が「死」から解放されるのは、「死ぬ」ことでしかないのではないのか。そんな気がしてならない。
 クローン技術の本当の恐ろしさは、きっとそんなところにあるのではないだろうか。

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