APRIL 5のDIARY 『つまらなくなったハリウッド映画』

 
 今年のアカデミー賞は『ビューティフル・マインド』なる映画が取ったそうだが、今年ほどこの賞に関心がなかった年も珍しい。いつもなら、授賞式のテレビにかじりついているはずなのに、今年はいつの間にか終わってしまったという感じだ。数日たってから、主演女優賞や男優賞などが誰だったのかを知るにつれ、ここ数年のハリウッド映画の面白くなさは一体何に原因があるのかがわかってきたような気がした。主演女優賞のハル・ベリーや他で賞をとったデンゼル・ワシントン、そして特別賞とやらのシドニー・ポワチエなど、何のことはない黒人を持ち上げているだけのショーだったような気がする。昨年のテロ以降、アラブ系への偏見がやたら目立つアメリカ世論は、その反動として黒人をやたらと持ち上げようとする。本音と建て前をあれほど露骨に使い分ける国民も珍しい。白人の大多数は黒人のことを影ではあんなに嫌っているクセに、人前ではやたらと持ち上げる。ヒスパニック系は、黒人と同じぐらいの数いろんな分野に進出しているので、そちらは静観だ。ラテン系ではあるが、同じ白人だから、あまりマイノリティとは思っていないらしい。しかし、アジア系には容赦ない。韓国、日本、中国をその時その時の力関係で、上にやったり下にやったりだ(今年のワールド・カップに対するアメリカの対応が見物だ)。
 それでも相変わらず飽きずにアメリカ映画は見ているが、つい先日見た『デンジャラス・ウーマン』という映画は、見終わった瞬間、????のマークの連続だった。さあ、これからどんな展開になっていくだろうと少し胸がワクワクしかけた途端にエンド・クレジット。「あれ?これで終わり?」。そう、最近のハリウッド映画は脚本が最悪なものが多い。ストーリーが出来ていないものが実に多い。聞くところによると、ハリウッドは、優秀な脚本には何億でもお金を払うそうだが、この映画のこの脚本にもそれだけのお金が払われているのだろうか?ああ、そうか、それでやっとわかった。まったくたいした役でもないのに、ジュリア・ロバ−ツの名前が出てくるのは、このストーリーでは客が呼べないと思ったから、無理矢理ジュリア・ロバーツ主演の映画のような格好をつけたのか?
 この映画を見た人なら、誰しも思うはずだ。「この役、別にジュリア・ロバーツでなくてもいいんじゃない?むしろ、最悪なミス・キャスト!」。
 主演のベンジャミン・ブラッド扮する刑事を誘惑して窮地に陥れる謎の女がジュリア・ロバーツなのだが、映画の前半1/3程度しか出番がない役。最後まで見終わると、あの女は一体何だったの?と疑問に思うほどあまり必然性のないキャラクターだ。こんな役だったら、もっと色っぽくて、いかにも悪な女性を演じるのにふさわしい準主役クラスの女優がハリウッドにはゴロゴロいるだろうに....。そう思ってしまうほど、この役をジュリア・ロバーツにやらせる今のハリウッドの映画制作スタッフの思考回路がいまいちよくわからない。今をときめく大女優がスクリーンの中に登場すれば、それだけで、その劇中の役はかなり重要な役に違いないと誰しもが思ってしまう。しかし、実際には、この役柄、それほど重要ではない。だからこそ、見終わった後、二重の意味で裏切られたような気がしてしまう。
 「その結末はないんじゃない?」。そして、「あのジュリア・ロバーツは一体何だったの?」。
 近く見ようと思っているケビン・スペーシーとジュリアン・ムーアの『シッピング・ニュース』。この二人の俳優の大ファンの私としては、『デンジャンラス・ウーマン』のようなバカげた裏切りだけはして欲しくないと思っている。

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