MARCH 28のDIARY 『洗車はよろしかったでしょうか?』

 
  家の近くのガソリンスタンドでいつものようにガソリンを入れる。大原交差点近く、環七沿いにあるので、帰り道に寄るのに好都合なのでわりと頻繁に利用する所だ。最近の雨で車体が汚れていたのを目ざとく見つけた店員が洗車を勧める。  
「今日は洗車の方はよろしかったでしょうか?」。  
「ウン?」
 私は、しばらく考え、店員の男性の顔をじっと見てから、「今日は急いでるからまたにして」。
 二十代後半ぐらいに見えるその店員のことば使い、最近ファミレスでもよく聞く。「ご注文は、コーヒーだけでよろしかったでしょうか?」 変な響きだ。過去のことを言ってもいないのに、いきなり過去形で聞いてくる。この言い方、かなり婉曲で丁寧な言い方に聞こえるけど、要するに、自分の意見を押し付けたい意図がありありと見える。
 「コーヒーだけでよろしかったでしょうか?(コーヒーだけじゃいけないのか?)」   
 「洗車はよろしかったでしょうか?(明らかに、洗車を押し付けようとしている)」。  
 「洗車はよろしいでしょうか?」と普通に現在形で聞かれたら、自分の意志を尊重されている気がするが、「洗車はよろしかったでしょうか?」と聞かれると、私はひょっとしたら、洗車をしてくれともう既に頼んでいて、それの確認をされているのかナ?という気になってしまう。こういう言い方が、ガソリンスタンドのアルバイトやファミレスの店員に多く見られるということは、ひょっとしたら、こういう表現自体がマニュアルの中に折り込まれているのではないのだろうか?そんな気さえしてくる。そういうバイトをしている人がいたら直接聞いてみたいものだと思う。
 ことばや言い回しは、地域や時代によってどんどん変っていくものだから、別にこの言い方が定着してしまえば、それはそれで許されるのだろうが、現在行われていることや、これから決めようとする未来のことについていきなり過去形の質問を用意するというのは、これは何かの陰謀?ではと勘ぐりたくなってくる。これが単なる若者ことばなら、それはそれでいいのだろうが、私は、この言い回しが客商売の現場で多く使われているところが妙にひっかかってしょうがない。

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