JANURARY 23のDIARY 『人はなぜ愛するのか?』

 
 前々から出版社から依頼されていた本を書いている。もうかなり書き進んでいるので、早い時期に出版できるような気がするが、そのタイトルが「音楽のサイエンス」ということもあって、ここ数年やたら科学的な文章に興味をひかれる。新聞を読んでも、文化欄や社会欄より科学欄の方につい目がいってしまう。二十世紀の終わり頃から、遺伝子や生化学、脳の研究などに人の関心が急激に高まっているので、この分野は最近急激に発展しているし人目をひくことも多い。私もそうした研究書などを意識的によく読んでいるが、その中でやたらと目につく2つの化学物質がある。アドレナリンとドーパミンという相反する2つの物質だ。
 人間の神経細胞や脳内細胞に登場するこの2つがどういう役割をするかと言えば、アドレナリンは、ストレスに関係している化学物質で、ドーパミンは快楽に関係している化学物質。人間は、ストレスさえなければその寿命は120才ぐらいまで伸びるとまで言われているが、このストレスを起す大本の原因物質は、副腎皮質から分泌されるコルチゾールと副腎髄質から分泌されるアドレナリンだ。
 コルチゾールは、血圧を上げたりするものだし、アドレナリンは、血管を収縮させたりするので、結果的に血圧を上げたり心拍数を増加させたりする厄介なストレスの原因物質だ。ただ、こういった物質も出過ぎがいけないだけで、過剰になければそれほど悪さはしないのだが、現代の生活ではTVやパソコン、ゲームの類いはやたらとアドレナリンの生産の引き金になっているらしい。だから、こういったストレス因子をおさえるためにドーパミンという物質が必要になってくる。
 では、ドーパミンはどういう時に出てくる化学物質かというと、人間が「恋をしている」時、あるいは「気持ちよくなっている」時に出てくる物質で、基本的に快楽を感じた時に出てくるものだと言われている。それが、音楽からだろうが、セックスからだろうが、ドーパミンは「気持ちよさ」と関係している。だから、このドーパミンを放出することによって、ストレスから出てきたアドレナリンを打ち消してしまえばストレスは減るという単純な論理がなりたつ。よく言われることだが、アーチストは一般的に長生きだし、恋多き人もけっこう長生きするという。自然にドーパミンが多く放出されているからかもしれない。そして、ここにもう一つの物質オキシトシンというものが登場する。これは母親が授乳する時に出てくる物質で、ドーパミンの神経細胞に守られるようにオキシトシンが通る神経細胞があるので、親子の愛情に最も関係している物質と言われている。
 よく「情に深い」人とそうでない人という言い方をするが、幼児期に親から愛を受けずに育つとこのオキシトシンが不足した人間に育ってしまうらしい。つまり、それほど「愛」を必要としない人間に育つということだ。自分が「愛情」を受けなかった人間は、他人にも「愛情」は注げない。わかりやすい話しだが、こういうことを考えるとつい逆のことも考えてしまう。人間が快感を感じたり愛情を感じたりするために必要な物質がドーパミンやオキシトシンといった物質なら、これらを意図的に操作することで、ある「特定の人」や「特定のもの」を好きになったり嫌いになったりするようにできるのではないだろうかという気になってくる。人間が古来からずっと考え続けてきた「惚れ薬」のような眉唾ものの秘薬もひょっとしたら、現代化学では意図的に作り出すことも可能になってくるのではないだろうか?そんなことをつい考えてしまう。もし、好き嫌いが意図的にコントロールできたら?
 ウン、それは大変なことだ。ひょっとしたら、人間のクローンを作ることよりももっと大変な事態が訪れるかもしれない。人間は、「何か」を研究している段階まではいいが、それを過剰にコントロールしようとすると、人間をとんでもない方向に導いてしまう。それこそ、「神の領域」を犯してしまうことになりかねない。犯してしまって、自分たちの「過ち」に気づいた時にはすでに手後れになりかねない。せいぜい、音楽でリラックスして、ドーパミンでストレスを抑制するぐらいに抑えておいた方がいいのかもしれない。

ダイアリー.・トップへ戻る