AUGUST 2のDIARY 『悲しいナ、免停ダ』

 

 久しぶりに、免停の講習に行くはめになった。2日間連続で鮫州まで通うために、月末は、4つの仕事をいっぺんにこなさなければならない地獄の3日間だった。でも、なんとかその仕事をこなし、60日免停を30日に短縮することができた。これで、3回目の免停。何もそんな恥じをさらすこともないのだが、全部駐車禁止でいただいてしまった処分ゆえ、以後駐車には十分な注意を払おうと思う。いちおうそういう反省はする。でも、その反省は、別にお上に対する反省ではなく、自分自身が今後こんなヘマをやらないための反省だ。自分がやった違反がそれほど悪いことだったとは今でも思っていない。 別に、スピード違反をやったわけでもないし、人様を傷つけたわけでもない。ただ、運が悪かった。それだけのこと。でも、たまにこういう機会に朝のラッシュ時に電車に乗るという貴重な経験ができる。それのどこが貴重な経験じゃと、毎日朝夕通勤ラッシュにもまれている人からは怒られそうだが、私が自由業をやっている最大の理由はこの通勤をしなくていいこと、これに尽きる。何が幸せかといって、朝夕の地獄のような通勤電車にのらなくてすむという特権だけは放棄したくない。これを放棄するぐらいだったら死んだ方がましとまでは言わないが、多分今後も絶対にやらないことであることは間違いない。本当に、この朝のラッシュを経験するたびに、そこにいる人すべての人に、心からご苦労様と言いたくなる。何とかならないものだろうかなと思うが、こればっかしは一人の人間の力でどうにもなるものではない。ただただ日本の社会機構、政治構造など、根本的なところが変らない限り、変らないことなのだろうと思う。どのみち、小泉さんの時代がどこまで続くかわからないが、今後日本の政治に期待するのは2大政党政治になって欲しいこと、それだけだ。以前、社会党があった時は、私は選挙のたびに社会党に投票していた。別に、社会党が好きだから入れていたわけでも、社会党の政治を支持していたわけでもない。ただ単に、自民党に勝手なことをさせないためにアンチとして入れていただけだった。自民党以外にそこしか入れるところがなかたったから入れた。ただそれだけだった。きっと、私とまったく同じような意味で、社会党に票を入れていた人はたくさんいたはずだ。でも、実際の社会党は、自民党にまともに対決するわけでもなく、ただ単に根まわしで少しばかりの利権のおこぼれを自民党からあずかるだけの情けのない政党になっただけだった。その社会党がなくなって、そこの支持者や支持基盤はあらかた民主党に移ったのだけれども、今の民主党も、以前よりは社会党のような自民党とのなれ合い政治が多少なくなったぐらいで、たいして変らない気がする。それにも増して、社民党とか自由党みたいなわけのわからない政党が増えた分、野党の力が弱くなり自民党の力が強くなってしまったのが今回の選挙の結果だし、この野党の体制が変らない限り、何度選挙やっても日本の政治は変らないと思う。ひょっとして、日本の政治が本気で変るチャンスがあるとすれば、自民党、自民党と同じぐらい大きな野党、そして共産党の3つの政党だけがあって、自民党とその野党で政権を交代して回していくような構造ができる時なんじゃないかと思う。共産党は、名前を変えない限り、野党の中ではいつまでも仲間はずれだと思う。共産党は、もともとの考え方が教条主義だから、自分たちの意見が絶対正しいと信じて疑わない人たちの集まりであって、共産党という名前がある限り、柔軟な考えにはなれないはずだ。別に、彼らの言っていることが間違っているとは思わないが、それを間違ってないと断固固執するところが彼らの最もいけないところだと共産党の人たちが気がついているのだろうか?自分たちの主張は間違ってはいないのだから、気がつくもなにもないか?

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