JULY 13のDIARY  『数字の話し』

 

 年に何回あるのか知らないけれど、13日の金曜日というのはけっこうたくさん巡ってくる。今日もそんな日だったが、この厳しい暑さを除けばそれほど不幸な目にあった気もしない。もともとキリストが処刑にあった日が13日の金曜日だから縁起が悪いということのなのだが、それも神学者たちはあまり史実だとは思っていない。キリストが処刑にあって3日後に蘇ったというようなことも実際に蘇ったということが本当かどうかが問題になっているのではなく、3日後の「3」という数字に意味があるわけで、13日の金曜日も「13」という数字に意味がある。日本では「4」と「9」がやたら嫌われるが、キリスト教の文化圏ではまったく問題にならない。日本語での音が「シ」と「ク」だから嫌われるというごくごくローカルな理由だから、その理由が西洋で通じるはずもない。だから、同じように西洋の縁起を日本にもってきても通じるはずがないと思うのだが、意外とこの数字を気にする人が日本でもいるからオカシイ。
 数字に意味を持たせたり、そこに運気を持たせようとするのはおそらく世界共通のことなのかもしれない。ただ、その意味あいや有効な数字が国や文化によってかなり違っている。日本では「2」の倍数を意外と基本にしていないところが西洋とは根本的に違う。俳句にしても短歌にしても「5」「7」という奇数が基本になっているし、食器のセットが3つ、5つ、7つというセットが基本で、西洋のような4つ、6、8つというセットしかない国とは根本的に異なっている。西洋の食器のセットが偶数単位なのは、ディナーに夫婦単位で集まるためというごく合理的な理由からだ。となると、日本ではなぜ「3」「5」がセットの基本になるのだろう?夫婦で食事に呼ばれることがなかったせいなのだろうか?それでも、世界共通のラッキー・ナンバーというのもある。「7」は、おそらく世界中どこでもラッキーな数字の代表なのではないかと思う。時計が「12」で割れているのに、なぜ1週間が7日なのか実に不思議な気がするが、確かに「太陽サンデー」から始まって、「月」になって、「火星」になって、「土星」まで行く惑星で一つのサイクルを作っていった昔の人の時間と宇宙に対する考え方の深さを改めて思う。キリスト教でもイエスの弟子は「12人」だし、東洋でも干支は「12」。ここから外れた数字が「13」。だから縁起が悪いのだナ、キット。

ダイアリー.・トップへ戻る