MARCH 17のDIARY  『おおたか静流というアーチスト』

 

 昨日は久しぶりのおおたか静流さんとのライブ・コンサートの日。しかも、柏での初めてのライブ。主催は、いつも私が連載の記事を書いている「朝日れすか」。
 いやあ、とにかく熱気のあるコンサートで、たくさんの人が来てくれました。お客さんは超満員の120名強(だったのかナ?)。 それほど広すぎもせず、狭くもないといった会場の広さだけれども、何かお客さんの熱気が伝わってくるような感じのライブで、おおたかさんもかなり満足気の様子。私は杉並、彼女は練馬と方向が一緒なので、帰り道車の中であれこれ話しながら帰ってきたのだけれども、昨日のライブ、いろいろな意味で心に残るものだったような気がする。一つには、私の小学校時代の恩師が来てくれたこと。卒業以来何度もあったりはしていたが、先生が寝たきりの親の世話で外出ができない事情もあり、昨日が私の演奏を聞く初めての機会だった。どんな感想を持たれたかはまだ話しをしていないが、帰りがけに先生からバラの花束を渡されたのは本当に嬉しかった。 そして、もう一つ、昨日のライブが特別な意味を持っていたのには理由がある。
 昨年のこの日、私の育てているアーチストの母上が亡くなった。そして、私はその方の訃報を聞き、そのことをおおたかさんに電話で伝えた。すると彼女は、その亡くなった母上の家に電話をして棺の前に置かれた受話器を通して、その母上が生前好きだったという「夜来香(イエライシャン)」を歌ったということを後から聞かされた。奇しくも、彼女がモロッコに演奏旅行に行く前日だった。そして、彼女は、一年後の同じに日に別なシチュエーションで(私と一緒にコンサートで)同じ曲を歌った。しかも、今年はイタリアへ演奏旅行に行く前日である。 昨日の本番の前に、彼女が私に言っていた。「これは、きっと呼ばれているんだろうネ」。
 何かに縁があるというのは、何かに引かれているということだ。おおたかさんならずとも、そういう奇妙な縁というのはいろんな場合に経験する。柏という土地で私が演奏するという事自体のなぜという糸を辿っていくといろんな糸に辿り着く。NHKの子供番組「まちかどドレミ」(これがなぜ糸なのかわかる人は少ないかもしれないが)。十数年前のおおたか静流との出会い。たまたま書くようになった朝日れすかという新聞での連載。そして、何よりもおおたかさんの歌を愛し、私のよき友でもあったこの母親の死というものが、すべてを引きつけているのかもしれないとも思った。

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