FEBRUARY 2のDIARY  『食べることの幸福』

 

  私は料理好き。最近も、やたらにソバをうったり、ケーキを作ったり、人にレシピを教えたりしているためか、私は人一倍料理にウルサイ人間と思われているかもしれない。でも、私は、格別に料理にうるさい人間ではない。確かに、料理を作るのは好きだが、だからといって、料理に関してやたら詳しいわけでもないし、酒やワイン、ケーキ、レストランなどの知識が人一倍豊富にあるわけでもない。ただ単に、料理で幸福な気分になりたいだけの人間だ。料理やレストラン、酒やワインの知識がいくら豊富にあっても、絶対にそれだけで幸せな気分にはなれないし、逆に、そうした知識が食べるということに対する幸福感を奪っているかもしれないとさえ思う。本当にオイシイものを食べれば、人間はそれだけで幸せな気分を味わうことができる。駅の立ち食いそばでも、本当においしいと思って幸せになれる時だってあるし、高いフランス料理食べたってあんまりとしか思えない時もある。もちろん、毎日立ち食いそばじゃ、絶対に幸福にはならないだろうし、フランス料理にしてもそうだろう。要は、飽食しないこと。これに尽きると思う。手術を経験したことのある人だったら、咽の乾きがどれほど大変なものかわかるだろう。乾き切ったのどを一滴の水が潤す時の幸福感は、どんな美味の食事もかなわないはずだ。別に、これは食べ物だけの話しではなく、どんなもにも言えることだと思う。本当にこれ以上ないと思えるほどの本に出会った時とか、聞いているだけで幸福感に浸れるような音楽に出会った時ほど人間は幸せを感じる時はないだろう。どんなにたくさん本を読んでもそうした一冊に出会えるとは限らないし、CDを何十万枚持っていたとしても本当の1枚に出会えるとは限らない。たった一つしかない出会い。確実にあるかどうかもわからない出会い。それを求めて人間は長い人生の旅に出るのかもしれない。わあ、だんだん話しが大袈裟な哲学になってきた。料理一つが人生の大問題。でも、本当にそうなのかもしれない。人間は、ほんの些細なことにも幸せを感じることができるのだし、ほんの些細なことでその幸せも壊されてしまうのだから。たかが料理と言うなかれ。人間の根本は食べることにあるのだから。

ダイアリー.・トップへ戻る