FEBRUARY 16のDIARY  『自分の律し方』

 

 まだ身体に感じる温度は冬のそれだが、確実に春がそこまで来ている気配をひしひしと感じる。梅がそこかしこで少しずつ咲き始め、桃の花も春めいたにぎわいを見始めている。こうなると、もう後何日で春?という具合に秒読みでも始めたくなるが、それでもこれから数週間は春になる直前の厳しい風に悩ませられるだろう。何度となく同じことの繰り返しのような気がするが、毎年同じに季節を経験しても毎年違った気持ちでいられるというのも生きてる証拠なのだろうと妙に納得したりする。学生時代は、というか若い頃は春が大嫌いだった。今でも、それほど好きという感じではないのだが、あの頃のような感情は少し薄れているかもしれない。
 私が春が嫌いな理由は、しごく単純。新人、新入生、フレッシュマンという妙に華やいだ感じがたまらなくイヤなだけだ。季節としての春はすごく好きだ。季節としてはこれほど気持ちのよい季節もないはずだが、あの何もかもが新しいスーツやカバン、そしてきれいな持ち物でいそいそと町を歩くフレッシュマンたちを見るのがたまらなくイヤで、春になると部屋ごもりをしていた時もあった。さすがに、最近はそこまで偏屈ではなくなったが、世の中みんなが浮かれると自分はそれとはまったく逆の方向に向いてしますヘソ曲がりのクセだけは相変わらず残っている。日曜が嫌いなのは相変わらずで、日曜に外に出歩くことはできるだけ避けている。人が多いのは、それほど苦にはならないのだが、いつもと違う町、というのがあまり好きにはなれないからだ。日常と違うのがイヤなのかもしれない。もちろん、サラリーマンや通常の勤めの人であれば、日曜は休みで嬉しい日なのだろう。でも、私のような年がら年中休みなのだか、仕事なのだか区別のつかないような生活をしているとどちらかの方法で自分を律しないとならない。世の中の流れに自然に従って暮らすか、あるいは、完全に自分独自のルールを作ってそれに従って生きるかどちらかだ。私は、後者を選んでいる。

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