JANUARY 23のDIARY 『砂金探し』

 

 ライブが終わるまでは忙しいので、このダイアリーも少しサボっていいのだという風に自分で自分に言い訳をしてきたが、そうした甘えは自分のためにならない(?)と思い、ちょっと頑張ってみることにした。自分の日記に頑張るも何もないもんだが、自らすすんで作ったホームページのコンテンツという表現の場を自ら放棄することに対する自分自身の罪悪感。まあ、それほどの大袈裟なものでもないのだが、自分の目の前にあるまだコメントすらしていない40枚あまりの新しいサンプルCDの束を見ると、これらすべてに対して雑誌などの活字媒体でコメントをしてあげられたらなとつくづく思う。しかし、私は、別に音楽評論だけを自分の生活の糧にしている人間でもないのだから、それが出来なくても当たり前。だからこそ、自分のホームページの中でぐらい、せっかくレコード会社の人が送ってくださった新譜に対する私なりのコメントを書いていきたいものだと思う。ただ、一枚のCDに録音されている音楽の長さは大体4、50分。それが、40枚以上ということは、....と考えるとその途端、気が滅入ってくる。これが、音楽を仕事にしている人間の弱点なのかもしれない。一般の音楽ファンであれば、たった一枚のCDを買うのでも、あれこれ迷ってかなりの決断をしなければ商品をレジまで持っていかないのは当たり前。しかし、私は、自分で購入するCDも、一回に一枚や二枚ではない。最低でも数枚。多い時には10数枚買う。しかも、レコード・メーカーから送られてくるCDも月に数十枚単位で増えていく。これでは、一枚一枚の有り難味が薄れてくるのも当然だ。これは、音楽を楽しむ態度としてはあまりイイことではもちろんない。人間が本当に音楽に感動したり、CDを買った喜びみを味わえるのは、人生のかけがえのない友人に巡り会うぐらいの貴重な体験のはずだ。それが、あまり供給過多になってしまうと、砂の中からキラリと光る金を見つけだすような喜びが味わいにくくなってくる。現代人は、本当は音楽の感動に飢えている。あまりに音楽が溢れ過ぎている環境が、逆に、音楽の中の本当の輝きを見つけにくくしているのだ。コンビニの弁当を三日も食べ続ければ、本当の食べ物に飢える自分を発見するに違いない。ここ最近の日本人がヒーリングということばに弱いのも、それがあまりにも希薄な環境にいるからこそなのだろう。しかし、と同時に、名前だけのヒーリングにころりとダマされやすくなっているのもまた事実だ。砂の中から本当の金を見つけるのは、本当に難しい。

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