DECEMBER 24のDIARY 『食べ方でわかる人間性』

 
 ランチに伊豆高原のそばやに立ち寄った。三連休最後の日。クリスマス・イブで観光地のせいかカップルが多い。こんな場所にしては大層な造りで、メニューの値段もけっこういい値段がついている。こりゃ来る所を間違ったかナと思ってみたものの、カッコウだけで店の中身を判断してもまずいと思いそのまま食べてみることにした。一人で手持ちぶさたのこともあり、10組ぐらいはいた店内の客の様子をじっくりと観察した。
 食べ方というのは本当に人さまざまだ。ただ、この食べ方というのはけっこう油断がならない。食べ方でその人の人間性がそのままストレートに出てくるということを意外とみんな気がついていない。ずいぶん前にD.Lというシンガポールの有名なアーチスト兼プロデューサーと会食したことがある。その時が彼とは初対面だった。しかし、彼と食事をする前と後では、彼に対するイメージは大分変った。日本にもかなりファンの多い彼の音楽とかプロフィールとかはけっこう知られていた。だから、私なりのア−チスト像も彼と会う前から出来上がっていた。しかし、現実に目の前で食べ物を食べている人間から感じられたものはただ単なるスポイルされてわがまま放題に育ったオバッチャン、しかも相当にマザコンの部類に入るかもしれないというのが私の率直な印象だった。
 その時私が唖然としたこと。それは、別に彼の人間性に幻滅したとかそんなことではなく、人間の食事の仕方というのはこれほどまでにその人の内面までもさらけ出してしまうものなのかということだった。箸やナイフ、フォークの使い方、食べる姿勢(要するに、前かがみだとか、反り返ってるとかその類いのことだ)、物の噛み方、食べ物を残すか残さないか、食べる時の顔やことばなど、ありとあらゆる事柄がその人の中身のすべてをウソ偽りなく現してくれる。その人と本当に結婚できるかどうかは食事の時に判断すればいい。私はいつもそう思っている。相手の食べ方を許容できなければその結婚生活は相当ストレスの多いものになる。「あ、この人、私と育ちが違う。考え方も違う。生きる姿勢も違う......」。食べ方一つでこういったことはすべて見抜くことができる。逆に言うと、ことばはいくらでも誤摩化せるが食べ方は一朝一夕には直せないということだ。
 向いに座っていたカップルの女性の方。二人共二十代後半といったところ。その女性、冷たいとろろソバが目の前に来るといきなりかなりの勢いでかき混ぜ始めた。まあ、多少のかき混ぜならとろろとソバを馴染ませる意味でもわからないでもないが、それは納豆ではないのだよと余計なことを言いたくなるぐらいかき混ぜていた。案の定、彼女の持っていた箸の半分はとろろまみれになってしまっている。とろろがべったりとくっついた箸など、見た目にもあまり気持ちのいいものではない。箸というのは先の方を2センチ以上は濡らしてはいけないものだと教わった(私だっていつもこんなルール守れているわけじゃないけれど、箸とはそういうもんだという認識を持つこと自体が大事なのではないだろうか)。で、その横にいる彼氏はと言うと、彼もまた常に自分の顔を何とか人形のように食べ物の方まで迎えにいっている。箸を使う和食は、食べ物の方を口の方に持ってこなければいけない。でも、きっとこのカップルうまくいくナ。私はそう思った。食べ物に対する姿勢がわりと似ているような気がするから。
 そう思いながら、もう一つ隣のテーブルのカップルに目を移すと、こっちはもっと若い。おそらく二十歳前後なのではないだろうか。このカップル、かなりマナーがいい。彼女の方は左手で箸を持っているが、箸の持ち方も食べ方もかなりきちんとしている。姿勢もいい。隣の彼氏の食べ方もそれなりだ。そうか、カップルというのは自然とこういう相手を選んでいるのかもしれない。食べ物の趣味、食べ方が許容できない人間同士の関係はきっとツラクなるにきまっているのだから。

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