AUGUST 5のDIARY『地元の商店街』

 

いつもながらの夏の一日。のハズだったのが、何でこれだけ盛り上がるのかというほどの盛り上がりを見せた一日だった。
 まずきっかけは地元の商店街の祭り。これが発端だ。大体がこの街に住みついて20年近くたつ上に、昼間から地元の商店街をブラブラと歩いている大の男などそんなにいるハズがない。だから、私の存在は、名前こそ知らないまでもいつの間にか地元の有名人(?)クラスにまで引き上げられ、ちょっと街を歩けば、必ずどこかの商店から呼び止められるような存在になっていた。折しも、今日は、地元の商店街のお祭り。五、六年前に始まったこの祭りは年々規模が大きくなり、今年は昨年までの小さなステージの優に4倍はあるステージに昇格していた。そこをブラブラと歩いていたら、いつしかフランクフルトやビールを飲みながらそこに根を生やしながら世間話に花を咲かせるタダの地元の人間に成り下がっていた。
 とりあえず、友人が遊びに来るという理由もあって、そこを適当に切り上げて家に帰ったのはいいが、今度は、その友人がビールでも飲んで帰ろうと言い出し、それにつきあうために再び商店街に逆戻り。これが、すべての始まりで、いったん商店街に足を踏み入れたが最後、さっきビールをごちそうになった花屋のご主人に呼び止められ、飲んでいきなよと私の友人ともども誘われてしまった。結局、夕立が降り始めた夜の10時近くまで、夏だな、などとわけのわからない述懐をもらしながら、宴会の輪に商店街とはまったく関係のない作曲家二人が商店街のど真ん中でワインや酒で盛り上げるはめになってしまった。
 最近は、商店街という存在そのものがスーパーやコンビニに押されてパワーをなくしているが、私の地元の杉並のはずれの商店街ではこれがけっこう頑張っている。すぐ近くにドンキホーテなどの量販店ができたにもかかわらず、ここの商店街はノリが下町的で、商店街と地元住民との結束がやけに堅い。これが、場所が杉並であるにもかかわらず下町的な情を中心とした人の輪なのだが、そこに妙に馴染んでいる私もけっこうおかしかったりする。
 映画が大好きな私は、いつも劇場にも足を運ぶし、レンタル・ビデオ屋にも足を運ぶ。でも、その店員さんが単なるアルバイトだったりすると、こちらのニーズに必ずしも応えてくれない。それが、馴染みの店であれば、お互いに我がままが言える。それが、下町的なつきあい方なのだが、こういったつきあいができる場所が、現在の東京にどれだけ残されているだろうか? 値段だけで、こっちが安いからこっちに行こうといく考え方だけだったら、最終的には.量販店しか残らないのかもしれない。24時間開いているコンビニしか残らないのかもしれない。でも、客も店主もお互いに我がままを言える関係の商店客の関係はいつまでも残っていって欲しい。そんなつきあいが平気でできる自分がおかしくもあり、そんな環境に妙に馴染んでいる自分が楽しかったりした一日、だった。

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