JULY28のDIARY『小説の書評を書く』

 

 今日、新潮社から『波』という雑誌が届いた。新潮社が出す出版物の宣伝用の小冊子なのだが、 単にPRのための雑誌というだけでなく、執筆者や内容もいろいろと面白いことが多い。
今回の8月号は、私も原稿をのせている。本屋さんに行くとレジの横に積んであるけれども.自分 では買ったことがないので(100円という定価が書いてあるが、本当に売っているのだろうか? )あれがタダでもらえるものなのか買うのかどうかすら知らない(自分で書いているくせにけっ こういい加減なヤツだよね)。
その中で、私はある小説の書評を書いている。
 クラッシックのコンサート・ピアニストの恋人が誘拐されて、 その脅迫状にコンサートでベートーベンのピアノ・ソナタ第二十九番『ハンマークラヴィーア』 を完璧に弾けと書いてある。それがメイントピックで、その事を通じていろんな人間ドラマが展 開されるという話しなのだが、これだけ聞いたってそれのどこが面白いの?って言われてしまう と思うけど、これが本当に面白い。最初原稿が送られてきた時、これ全部読んで5日で書評まで 書けってか? 正直、そう思った。送られてきたのはそれぐらい分厚い原稿で400字で千枚はあ る大長篇サスペンスだ。普通だったら 上下巻で売り出す話しを細かい字にして無理矢理一冊の本 にしてあるので、最初読み始めるのに かなり勇気がいった。しかし、いったん読み始めるとこれ が止まらない。アッと言う間に読み終えてし まったという感じだった。
 永井するみという女流作家の『大いなる聴衆』という本なのだが、8月に売り出されるそうなの で、サスペンス、ミステリー好きの人ならぜひお勧めできる一冊だ。
 この人、東京芸術大学のピアノ科を中退して作家になったという経歴の人なのだが、今年の芥川 賞の受賞者の一人もパンクロッカーだ。最近は、そういう型にはまらない作家が増えている(私 だって、そのうちの一人かもしれないが)。別に文学の世界だけじゃないかもしれない。表現を する人は何かを表現したいんであって、その手段はたまたま文章、たまたま音楽、たまたま芝居で あるだけなのかもしれない。だとしたら、単純に技術的な問題として文章を選ぶか楽器を選ぶ か肉体を選ぶかだけの違いであって、それを途中で変えてもいいし、2つも3つもやったって何 も悪いことはないはずだ。要は表現したい中身があるかどうかだけが問題なのだと思う。でも、 それでメシを食べていくというのはシンドイことだと本当に思う。表現っていうとカッコいいけ ど、要は自分の中身を外に出したいだけなのだから結局どこまでいっても我がままな人生を送る ことになるだけの話しなのだから。

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