NOVEMBER 8のDIARY『地球の未来と政治』

 

 アメリカの大統領選挙の結果があまりの僅差で、投票の数え直しというとんでもない状態になっているというが、どだいアメリカの政党政治では共和党も民主党もそうたしいた違いはない。ブッシュになろうが、ゴアになろうが、それほどドラスティックな変化がアメリカにおきるわけはない。民主党の方がリベラルで、若い人やマイノリティに受けて、共和党の方が保守的な人に人気があるのは、アメリカの歴史の中ではずっと続いてきた傾向だから、今回だって、民主党のクリントンから共和党のブッシュに移ろうが、民主党のゴアのまま行こうがそれだけで世の中が大きく変るはずもない。
 私が、アメリカにいた時、ジョージアのカーター大統領と対立候補のレーガンがTV討論をやっていて、それを見ていた私も、俳優あがりのレーガンが田舎もののカーターよりもはるかに話しがうまいということがわかった瞬間、ああこの人が大統領になるんだろうなと思った記憶がある。そして、その通りになったのだけれども、日本でもああいう形でTV討論なんかをやれば、もっと首相に対する信頼度とか人気度も増してくるのではないだろうか。森さんにしても、鳩山さんにしても基本的には話しはヘタなので、いまいち言っていることに対する信頼性が感じられない。森さんは話しに論理的な一貫性がないから、話しのすべてが放言になってしまうのだろうけど、鳩山さんにしても、ただムキになっているだけのつまらないオヤジのようで話しの説得性は何もない。田中真紀子さんは、まあもっともな事を言っているとは思うが、現在が何の責任ある立場にいないわけだから外野として言えるだけで、あの姿勢がずっと最後まで貫けるのであればそれはそれなりに評価できるかもしれない。もはやイデオロギー論争というような時代ではないのだから、人間と地球とか、人類とは何かぐらいの広い見解で政治を論理的にできる人が出てこないとどの国もそうたいした未来はないような気がする。
 ひるがえって考えると、私みたいに音楽家は音楽だけを考えていればいいとか、スポーツマンはスポーツのことだけ考えていればいいというような時代でもないのだと思う。音楽は音楽だけでは成立しないし、スポーツだってスポーツだけでは成立しない。日本のスポーツ界も音楽の世界も、政治の世界もすべて、人間にとっての音楽、人間にとってのスポーツ、人間にとっての政治という目的意識がないところが一番問題なのではないかという気がしてしょうがない。だから、音楽業界のための音楽、スポーツ業界のためのスポーツ、永田町のための政治みたいになってしまう狭い考えになってしまう。日本の島国根性というのは、本質的にそういうことを言うのだろうと思う。
 今自分が立っている場所さえ確保できればイイという狭い考えでいると、その狭い場所の外側全部がなくなってしまい、最終的にはその狭い場所すら確保できなくなるということに気がついている人がどれだけいるのだろうか。保身は、結局滅亡のファースト・ステップだということに気がつくべき時だと思う。そうでなければ、実現しなかった「2001年宇宙の旅」の次ぎのステップの「2010年宇宙の旅」にも「2020年宇宙の旅」にも、何の意味も持たすことができなくなってしまうのではないだろうか。

ダイアリー.・トップへ戻る