NOVEMBER 13のDIARY『同窓会』

 

 今週末のライブの翌日は、私の中学の同窓会ということで、その時に校歌をみんなで歌うのでそのピアノ伴奏をすることになっている(本当は、これは音楽の先生がやるものなのでは?)。他にもピアノぐらい弾ける人間はいるだろうにと思いつつも、数少ない音楽のプロの卒業生としては、やらざるをえないのだろうとあきらめていたら、幹事の人から校歌の楽譜が届いた。何回か弾いてみるが、曲が全然思い出せない。校歌なんていうのは、どれも似たようなものなのだが、少なくとも中学の3年間はこの曲を歌っていたはずなのに、どうも歌詞も曲も初めて聴く曲のようで不思議な感覚にとらわれる。こんな曲だっけという思いが募り、あの3年間は自分は一体何をしていたのだろう気にもなってきた。
 渋谷の上原という町にある学校なので、今でも母校の前を車で通り過ぎることが多い。自分が通っていた学校を目の前にしても、今それほどの感慨は沸いてこない。同じ時期に学生だった仲間も、どれだけの人間が地元に残っているのだろうか?先生たちにしても、停年を迎えてしまったか、あるいはまったく違う場所に活動の場を移しているに違いない。同じ時期に同じ学校に通い、同じ環境を共有していた人たちが、いつまでも同じ記憶を共有しているとも思えない。
 昔の話しをすれば、ああそんなこともあった、こんなこともあった、という話題は共通のものだが、それからかなりの時間が過ぎて、今はまったく異なる環境にいる者どうしが持っている共通項はそれほど多くない。仕事も違えば、家庭環境も異なる同窓生にとって唯一確かな共通項は、同じライフスパンを持っていることだけだろう。同じ年だという同士的な意識がお互いを結び付け、お互いの人生を見つめ会う。これが、ある意味での相互依存を産むのかもしれない。
 同窓会にまったく関心を持たない人たちもいる。私も数年前まではまったく関心がなかった。でも、最近は、そんな同じライフスパンを持つ同士の近況を聞くのもそれほど無駄なことではないような気になってきたのはなぜだろう。

ダイアリー.・トップへ戻る