ーディオ
♪ 私はLINNのまわし者 ♪
     
これまでのお話し(TONTENKAN劇場2001年6月を読むともっと詳しく分かるかもしれません)
 

私は二十年近く前に買った年代物のステレオセットをまだ使っています。
その顔ぶれをここに紹介させていただきますと。

レコード・プレイヤー VICTOR AL-A70
アンプ SANSUI AU-D707x
スピーカー TANNOY V30
チューナー KENWOOD KT2020
カセットテープデッキ Nakamichi ZX-5×
CDプレイヤー KENWOOD L-03DP×

20年前は最先端の顔ぶれでしたが、寄る年波にCDプレイヤーとカセットテープデッキの調子がおかしくなり、この6月に修理に出したところ、 さすが二十年近く前の製品なので、部品生産終了につきもはや修理不可能とのメーカー側からの回答をいただき、新しいのを買おうと探したところ、カセットテープは今やMDに切り替わろうとし、CDプレイヤーはほとんどDVDコンパチ製品という、時代の変遷を目の前に突きつけられました。
新しくDVD・レーザー・CDコンパチプレイヤーを買ったので、それでCDを聴くことはできるのですが、以前と比べるとあまりの音質の劣化に、もともと金属的なCDの音が苦手だったのが、ますます聴くのが辛くなりました。
コンパチ製品は音質が劣るというのは定説のようです。

決定的だったのは、DVDコンパチプレイヤーでグレン・グールドの「ゴルトベルク変奏曲」をかけたときでした。
静かなアリアののち、グールドがフォルテッシモで和音を鳴らしたとたん、私は後頭部をハンマーで一撃されて床に崩れ落ちました(なにか作業をしていて、スピーカーに背を向けてた)。
そもそもピアノは弦をハンマーでガンガン叩くバイオレントな楽器だと思いますが、ウチのDVDコンパチは音の上と下をカットして、それで出なくなった音を強弱をつけることでカバーするらしくて、和音がダンゴ状のタバになって、後頭部にハンマーの一撃を振りおろしたようです。「ゴルトベルク変奏曲」はバッハがカイザーリンク伯爵の不眠症治療のために作った音楽だそうですが、後頭部に一撃を受けて眠りにつくなんてシャレにもならないわ〜とずるずるステレオまではいずって、なんとかスイッチを切りましたが、あれは涙がでるほど痛かったです。

以来、私は新しい専用CDプレイヤーを買うことを固く心に誓い、「DVDプレイヤー」のことを秘かに「コンパチハンマー」と呼ぶようになりました。

  

ところでこのグールドの「ゴルトベルク」のCD(亡くなる前の1982年録音盤)を、新しく買ったLINNのCDプレイヤーで聴きますと、ピアノの一音一音が宝石のように響いて、身を震わせるほど美しいのです。
LINNが一番キレイに奏でるのはピアノの音だなあと感涙します。
と、先走りすぎてしまいました。順番にいきますね。

  

新しいCDプレイヤーを買おうと決心したものの、金沢市内の家電量販店にはミニ・コンポとラジ・カセしか置いていないし、インターネットで調べたメーカーはもはやオーディオ製品の製造を止めていて、私はいったいどこへ行ったらマトモなCDプレイヤーを買えるんだろう?と頭をひねったたあげく、そうだ、秋葉原だ!と、はるか東京へ買い出しの旅に出ることになりました。

 

秋葉村へ行こう!
 

東京へ着くやいなや、とるものもとりあえず駆けつけたのは、パソコンとオタク同人誌と家電商品の殿堂、秋葉村です。
ここはリュックを背中に背負った人が多くて、いろんなところから買い出しの人が集まってにぎやかな、一年中市が立っている村です。
私が目指すはオーディオ、それもCDプレイヤーです。

私は聴き比べをするために「ヨーヨーマ・プレイズ・ピアソラ」のCDを胸に抱えていました。
新しくオーディオを買うときはいつも聴き慣れているCDを持参して、それをかけてもらって今の音と聴き比べるといいとどこかで読んだので、はるばる金沢から持参しました。
「ヨーヨーマ・プレイズ・ピアソラ」の一曲目「リベルタンゴ」は、私の好きな弦楽器のチェロがリズミカルなスタッカートでメロディーを展開し、途中でギター・ソロが低音部に突入する、細部がくっきりした構成です。それにふいごが風をおこすようなタンゴならではの音の揺れが、私が以前使っていた音はいいがポンポン飛ぶCDプレイヤーと、「DVDコンパチハンマー」で聴き比べたとき、同じ曲とは思えないほど印象が違ったので、これならマシンの善し悪しを聞き分けられる!という自信があったのです。
このCDを抱えて、私は秋葉原を右から左へ、上から下へ、さまよいました。あ〜、疲れた。

「秋葉村」地図

     
中古ショップ(買い手の責任、無責任
 

まず安いとこ!と、私は駅を出て「ラジオ会館」に行きました。
「ラジオ会館」というのは小さい電気店が集まっている市場みたいなビルで、ここの4階に「清新商会」という中古オーディオショップが入っています。
古いものから新しい製品まで、セロファンに被われたさまざまのオーディオ製品が積み上げられていて、どれも一〜二万の値段。ほっほ〜、こりゃスゴイ〜!宝の山だ〜と、私の目は血走ります。
しかし、セロファンに被われていて、試聴ができない。
何といいましょうか、ここに中古マーケットの場所を提供するから、どうかみなさん持ち込んでください。みなさん自由に買って下さい。でもその責任は各自で取って下さいね。という自由マーケットなのです。
もちろん動く、動かないかはちゃんとチェックするんですが、もし一万円で安〜い!とどれかを買っても、ウチへ帰ってそれを繋いでかけて、うっわ〜、なんてひどい音だ〜と怒るかもしれない。でもそれはお客さまの責任において怒ってくださいね、ということです。
たとえ一台が一万円であっても、それが自分の好みでなければ一万円を捨てることになるわけで、好きなメカに会うためには、情報を集めて、そこにしょっちゅう通って、いい出物を探し続けて、買っては捨て買っては捨てを繰り返さなきゃならないとしたら、私みたいな余裕のない情報を持たないアマチュアには、ここの安さは意味を持たないわけです。

そこで、私の足が止まりました。
なんと私のZX-5と同機種のNakamichiのカセットテープデッキがあったのです。
値段は35000円でした。他のに比べると高いなあ。
でも私のよりずっとキレイでまだまだ動きそうで、これを買ったらあの美しい音がもう一度戻ってくるんだ、無くしたと諦めていたものが、また手に入るんだと思うと、時間がくるっと折り曲がってもう一度生きるチャンスを与えられた奇跡の中にいるような気がしました。
でもまだ一軒目だ、と次の店へ向かいました。

  

数日後にまたそのお店に行ったとき、ZX-5は消えていました。
「売れたんですか?」と聞くと、「Nakamichiはファンが多いので、すぐ売れます」

あの時買っておけばよかったのでしょうか。
しかしNakamichiは「DR-10」という10万円の製品だけ今も出し続けていて、今度壊れるとパアのZX-5に35000円払うより、これからしばらく修理部品が生産され続けるであろう「DR-10」を買った方がおトクなのです。
しかし「DR-10」の音質が20年前の水準を保っているとは限りません。それが今のオーディオ事情なのです。
私はどうすればよかったんだろうと、今でも迷っています。

地図の「ラジオ会館」の左下の赤い建物は名前がありませんが、「ダイナミック・オーディオ中古センター」です。
かなり大きな中古オーディオショップらしくて、行けばいろいろな製品があったんでしょうが、私には「中古ショップ」は無理だと思ったので、ここには行きませんでした。
機会があったら行ってみて下さい。あなたの探している中古マシンに出会えるかもしれません。

   
サウンドハウス(LINNに一目惚れ)

CLASSIK-K

(25万円)

CDプレイヤーではなく、
アンプにCD、チューナー 機能を加えた
オールイン・ワンのオーディオ・コンポ。
これにスピーカーやヘッドフォンを繋げば
そのまま音楽が聴ける、
LINN製品の
なかでは一番手に入れやすいマシン。
でも、音はすごい!

秋葉原のあちこちに数軒のお店を持つ「ダイナミック・オーディオ」は、インターネットで調べた限りでは、秋葉原で一番精力的にオーディオを扱っているお店でした。
そこの「サウンドハウス」というお店に行きました。
いろいろな機械が並んでいる店内に入り、店員さんに「CDプレイヤーが欲しいんです。金属的な音でなく、レコードみたいに柔らかい音が好きなんですが…」と胸に抱えた「ヨーヨーマ・プレイズ・ピアソラ」を差し出すと、「スピーカーは何をお使いですか?」
「もう製造中止のTANNOYのヴィーナス(V)30です」というと、店員さんはお店の奥に展示されていたTANNOYの廉価版スピーカーにアンプを接続し、壁にズラッと並んでいる10万円前後のCDプレイヤーでつぎつぎとこのCDをかけてくれました。
TEACをはじめとして、外国メーカーが多かったようです。
Marantsというメーカーのマシンがとても柔らかい音を出していたような気がします。
「SONYはどうですか?」と私が聞くと、店員さんはニッコリ笑って「聴く必要ないです」(え、CDを開発した会社でしょう?ああ、音響機器として開発したんじゃないのか…)

その時、棚にLINNというメーカー名が目に入りました。
どこかで聞いたことあるなあ。あ、 雑誌やインターネットでよく見かける名前だ。通好みのスコットランドのメーカーという程度の知識はあったけど、目にするのも耳にするのも初めてで、好奇心でかけてもらいました。
「ヨーヨーマ・プレイズ・ピアソラ」のワンフレーズが流れ出すやいなや、

あ。これ、違う。今まで聴いたCDとはまったく違う音だ。

ヨーヨー・マのチェロの音が、まるで目の前で弾いているようにくるくると空中を旋回してこちらに届きました。
これはCDの音じゃない。楽器の音だ。機械が奏でてるのでなく、人間が奏でている音だ。
正確に再現する、とかキレイな音を出す、とかいうのではなく、音の建築のしかたが根本的に違う。という印象でした。

これが私が探していた音だ。これが欲しい。これでなきゃイヤだ。

それはLINNのCLASSIK-Kという機械で、25万円でした。

中古ショップを回ってきたところだった私は「この中古は出ませんか?」と聞きました。
店員さんは他の店舗に電話をかけて問い合わせてくれましたが、どこの店にも無いようでした。
「少し考えます」と言って店を出ましたが、後で知ったのですが、LINNの中古品はめったに出ず、出たらあっという間に売り切れるので、こんな質問をする客はトーシロウだなあ、と店員さんは呆れていたと思います。

9月の秋葉村は、もう夜のとばりに包まれていました。
私の足取りは重く、つぎつぎとため息が出てきました。

にじゅうごまんのCDプレイヤーだとおぉ〜。

たっかが部屋に流して退屈を紛らわすための「音の壁紙」を作る機械じゃあ〜りませんか。
ちょっとこぎれいな音を出して、CDの中にこういう音が入ってるんですよって教えてくれればいいのよ。
後頭部を一撃する「凶器」でさえなければ、なんだっていいのよ。
あっほらしい。やってられませんわ〜。ふん。
CDプレイヤーごときににじゅうごまんえんも出すほど、あたしはオタクじゃありませんよっ、と次の店へ向かいました。

ダイナミックオーディオ5555本館(亡国のジグラット)

GENKI

LINNのCDプレイヤーは
ルックスがみんな同じ。
これは一番安いGENKIで25万。
この上がIKEMI、60万。
この上にSONDEK CD12という
のがあって、280万。
信じられます?

そして辿りついたのは、ダイナミックオーディオ5555本館でした。
今にして思うと、この店へ行ったのが過ちでした。ここへさえ行かなけりゃというか、ここへ行ったせいで経済観念が狂ったなぁと後悔するのですが、このような音楽の神殿を一目見られたことは、思わずひれ伏して神に感謝したくなる、聖なる「亡国の神殿」です。

昌平橋通りに面していて、タテに細長く、けして広いビルではありません。
一階はいろんなパーツを売っていて、二階はミニ・コンポやエコノミーなステレオ売り場、その上が中、高級機ステレオの展示場という、高く登れば登るほどお金がかかる音響商品を扱うようになっています。
専用CDプレイヤーが欲しかったワタシは、エレベーターにのって6階のボタンを押しました。ドアが開くと、そこは防音処理を施した静かな部屋で、間接照明の中にたくさんの高級オーディオ機器がぼおっと浮かび上がっていました。

モダンなインテリアの数部屋をいくつかのコーナーに区切って、そのコーナーごとにいろいろなコンポーネント機械を組み合わせて試聴コーナーが作られています。
並んでいる機械は私が知らないメーカーの名前ばかりで、ほとんどすべてイギリス、アメリカ、ドイツ、イタリアなどの外国製品だったようです。
フロアの奥には最高級オーディオを並べた試聴ルームがあって、そこには数十台のスピーカーセットが並んでいて、コントロールアンプが数台、パワーアンプは真空管のものも多かったように思います。高そうなCDプレイヤーは私の知らないジャズを、まるでクラブで目の前で演奏を聴いているような、ひょっとするとそれよりいい音で流していました。
スピーカー一本200万円とか(二本で買うと400万!)、アンプ600万円とか、レコードプレイヤー130万円とか、この値札はいったい何なんだろう?私は自分の目が信じられませんでした。とんでもない世界に来てしまいました。セットで買うと軽く一千万を超えるステレオです。 このフロアにあるものすべてを合わせると、ン十億を超えるでしょう。
ここはダイヤモンドのかわりにアンプやスピーカーを並べた、オーディオの宝石屋さんです。
しかし資産価値のあるプラチナやダイアモンドと違って、機械は古くなっていつかは故障する消耗品です。そんなものにン千万円払うなんて、いったいどういう人たちなんでしょう。

そのコーナーの目立つ一角に、LINNの名前がありました。
CDプレイヤーのIKEMI(アイケミと読む。60万円)でした。
どうせ二度と来ないんだから、と私はフロアにいる店員さんに震える腕で「ヨーヨーマ・プレイズ・ピアソラ」を差し出し、かけてもらいました。
一生の思い出にしたいくらい、いい音でした。ありがとうございました。
でもLINNのスピーカーは響きがちょっとWOODYすぎて、 私にはウチのTANNOYの方が合うようです(はは、負け惜しみさ)。

でもフロアにいた店員さんはすっごく優しかったんです。アタシなんか買う客じゃないって一目で見破ったハズなのに、「どんな音楽お好きですか?」とか、「今どんなオーディオお使いですか?」とか話しかけてくださって、電気が消えているシステムがあるとスイッチを入れてくれて、いろいろなものを聴かせて下さいました。私、店員さんに敬語使ってますね。ビンボーって悲しい。
「LINNがお好きですか?いい音でしょう。これこそ人間の作り出す音ですよ。」とウレしそうに店員さんは話し続けます。めったにお客が来ないからひまつぶししたかったのかもしれないし、フラッグシップ店は「売ること」ではなく、「洗脳する」ことがその役割なのかもしれませんが、素直で純朴な私はしっかり洗脳されてしまったクチです。
「一曲でいいんですか?」とどこか名残惜しそうな顔をする店員さんからCDを奪いとり、夜の秋葉原のビル街を、私は、ビンボー人をいじめてど〜するんだ〜、60万のCDプレイヤーなんてだれが買うもんか〜!と泣きながら、次の店へ向かいました。

ところで、私が行ったのは六階でしたが、恐ろしいことに、このビルには七階があるのです。
そこにはいったいどんなオーディオが並んでいるのでしょう、私は知りたくもありません。ぷるぷる。

 
ヤマギワ電気(お気に召すまま)
 

ダイナミック・オーディオ5555本店から中央通りに向けてダーッと走ると、ヤマギワ電気東京本店にぶつかります。
ここはインテリアとしての蛍光灯やライトを売る「光りのデパート」として有名ですが、インテリアの一部として、オーディオ製品もけっこう充実しています。

やはりコーナーを区分して、高級品から廉価品まで、海外メーカーから国内メーカーまで、いろいろなステレオ・システムを組み合わせて展示していて、試聴もできて、たくさんの機械を置いているので、いろいろな選択肢から自分に合ったステレオシステムを選びたいと思っている人には、便利なお店かもしれません。
「オレはこれにこだわる!」ってオタクっぽいオーディオショップではなく、まんべんなくいいものを置いている全方位外交のお店、という印象でした。

だから印象が薄かったんですけどね(^^;)。


秋葉原の空の下で
 

疲れ果てて、肩を落として、秋葉原から帰りの電車に乗ろうとしたとき、駅の横のビルに挟まれた広場で、南米から来たらしい数人の人たちが演奏していました。

南米の音楽集団が街角で演奏しているのにはこれまでにも何度か出会いましたが、今まで聞いたことのないほど艶やかで美しい音で、思わず足が止まりました。
たぶんケーナという笛だと思うんですが、「コンドルは飛んでいく」などに使われる南米の民族楽器です。
あれ、ソプラノ・ケーナってあるのかな?と思いながら、コンクリートに四角く切り取られた夜空に、哀愁をおびた晴れやかな音が吸い込まれて消えていくのを、しばらく柱にもたれて聴いていました。
プレイヤーのウデがよかったのかな。それともケーナにもストラディバリウスのような名器があるのかな?
と思うくらい、その音は人の心に染み入って、しんみりさせると同時にワクワク楽しくさせて、ビルの谷間の広場をコンサートホールに変えていました。ひょっとすると秋葉原駅の横のその広場を取り囲んだビルが、スタジオの音響効果を果たしていたのかもしれません。

オーディオショップにいくらン千万のステレオセットが溢れていようと、ビルの谷間に響くこの笛の音にまさる音楽を聴かせてくれる機械はこの世にはないのだけどな。

しかし専属の南米楽団や、四重奏団や、オーケストラや、ジャズ・バンドを雇っておくことができない以上、人は再生装置を必要とするのです。

そんなことを考えながら、中央線の電車に乗りました。

私の心は、もはや、どうやら、しっかりLINNのものでした。
60万円のIKEMIは無理としても、25万円のGENKIなら手が届くかもしれない…、ぶつぶつぶつ。

でもSONYやTEACの最新型CDプレイヤーが特売価格18000円で売っているこの秋葉村で、ン十万円のCDプレイヤーを買う決心はつかないまま、私はそのまま金沢へ帰りました。

…金沢へ続きます。
   

その2を読む?

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